スチールに家具のデザインの可能性を見出し、PKシリーズとして数々の名作を残したデザイナー、ポール・ケアホルム。
無駄を極限までなくした、シンプルなデザイン。
隠すところがないといわれる美しい構造やデティール、素材への探求心など、デンマークモダンデザインの歴史の中でも最も重要なデザイナーの一人です。
アイヴァン・コル・クリステンセン
ポール・ケアホルムを語るうえで欠かせないのが、アイヴァン・コル・クリステンセンの存在です。
カール・ハンセン&サンの営業を担当していたコル・クリステンセンは、ハンス・J・ウェグナーがデザインした家具をメーカーの垣根を越えて販売する、『サレスコ(Salesco)』と呼ばれる組織を発案しました。
少し話は横道に外れますが、ハンス・J・ウェグナーの製品は現在、カール・ハンセン&サン、PPモブラー、ゲタマ、フリッツ・ハンセンなど、様々なメーカーから発売されていますが、その背景となったサレスコについて少しご説明いたします。
サレスコは、組織に属した5つの工房それぞれが持つ得意分野を生かしてウェグナーのデザインを製作するというもので、ウェグナーは機械を活用して効率よく量産可能なデザインをいくつも生み出しました。
一方でウェグナーは熟練の家具職人によって製作されるデザインも行っており、このように相手の技量に合わせて最適なデザインをするウェグナーの知識とセンスは他のデザイナーにはなかなか真似ができることではありません。
そのようにしてウェグナーによってデザインされた一連の家具はトータルコーディネートされ、サレスコの販売ネットワークを使って広がり、それぞれのメーカーにおいてウェグナーの代表作となっていきました。
一方、ポール・ケアホルムはコペンハーゲンの美術工芸学校に入学し、そこで教鞭を取るハンス・J・ウェグナーに出会います。
ウェグナーに才能を見出されたケアホルムは、のちにウェグナーの事務所で非常勤所員として働いています。
敏腕ビジネスマンのコル・クリステンセンはその頃からいち早くケアホルムに注目していたのではないかと思われます。
フリッツ・ハンセンでの1年
美術工芸学校を卒業したケアホルムはウェグナーの事務所を退所、フリッツ・ハンセンにデザイナーとして就職します。
いち早く取り掛かった成形合板を使った製品のデザインーPK0を生み出したしたケアホルムは、フリッツ・ハンセンに生産を提案しました。
しかし当時フリッツ・ハンセンはアルネ・ヤコブセンのアントチェアの量産を始めたばかりでした。
アントチェア以上に複雑な曲面を持つPK0は量産が困難と判断され、製品化を断念することとなります。
ケアホルムが生きている間は製品化されることのなかったPK0は、1997年、フリッツ・ハンセン創立125周年記念として600脚が限定で販売されました。
また、2022年の今年、創立150周年を記念して改良を加えたPK0 Aとして限定発売されます。
PK0が幻となった失意のケアホルムは、僅か1年でフリッツ・ハンセンを退社します。
その後非常勤所員、夜間講師などで生計を立てていたケアホルムはコル・クリステンセンと出会い、デザイナーとしての道が切り開かれていくのです。
PK22の誕生
サレスコが軌道に乗ったことを見極めたコル・クリステンセンは新たに『コル・クリステンセン』という会社を設立し、ケアホルムのプロデュースに取り組み始めます。
寡黙な性格に加え、あまり社交的でなかったケアホルムにとって、幅広い人脈を活用して自らのデザイン活動をサポートしてくれたコル・クリステンセンの存在は、まさに運命的なものだったといえます。
1956年、ポール・ケアホルムとコル・クリステンセンが手を組み発表した最初のコレクションにはのちの代表作、PK22とPK61が含まれています。
新しい生産システム
ポール・ケアホルムはPK22のデザインにあたり、通常のスチールでは荷重に耐えられず脚が前後に開いてしまったため、板バネなどに使われるスプリングスチールを採用しました。
木工家具が主流だった時代、コル・クリステンセンはわざわざドイツまで出掛け、スプリングスチールを加工できる工場を探したのだそうです。
PK22はケアホルムが卒業制作でデザインしたPK25に改良を加えたチェアで、フラットバーを曲げた脚部とそれを連結する曲線の貫、シートを支えるフレームと、よりシンプルな構造になっています。
PK22では、それぞれのパーツを専門の工場で加工し、一箇所に集めて組み立てるという、新しい手法を取り入れています。
さらにこれらのパーツを六角ボルトで連結するという考え方もまだ珍しい方法でした。
ポール・ケアホルムとコル・クリステンセンはこれらの生産システムを作り上げ、長年にわたって家具の製造販売を手掛けていきました。
デザインとクラフトマンシップ
PK22の脚部の先の部分は少し上を向いています。
これは人が座った際に床を傷つけないという細かな配慮です。
そのほかにもスチールという冷たい印象の素材を使用しながらも、体が触れる部分には高品質なレザーを使用していたり、連結用のボルトのディテールにまでこだわるといった姿勢は、クラフトマンシップを大切にするというデンマークの家具デザイナーの姿そのものと言えます。
おそらくコル・クリステンセンもそんなケアホルムに共感し、だからこそ協力してきたのでしょう。
デザインを継承する
1980年にケアホルムが世を去ったとき、コル・クリステンセンは事業を打ち切ることを決め、フリッツ・ハンセン社に家具の製造ライセンスを譲ります。
デンマークの家具は、時代によって様々な工房で製作されていることが多くあります。
マイスター制度という基盤を持ったデンマークでは、職人を育成するシステムが存在し、伝統的な家具づくりが継承されてきました。
その時代の優れた職人の技術がなければ、名作は生まれることがなかったでしょう。
その反面で、手仕事にこだわった製品は量産ができず高価なものとなり、機械での生産が主流となっていく時代の変化とともに小さな工房は廃業に追い込まれることになります。
価格競争に加わらず、技術にこだわって製作を続ける工房は今も残っていますし、機械化によって量産をするフリッツ・ハンセンやカール・ハンセン&サンのような大きなメーカーもデザイナーへの敬意と品質へのこだわりは持ち続けています。
名作家具は製造ライセンスを引き継いだそのような工房によって、現在も製作されているのです。
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